ATAWI 家紋資料室

土地から読む / 掛川市

門とともに、紋も受け継がれる。

横須賀町番所の櫛松と、円満寺へ移された蕗の門の桔梗・九曜星。建物の移動と紋の関係をたどります。

瓦屋根と地図、資料箱を描いた挿絵
土地に残る、家のしるしをたどる。

掛川市 / 移築と伝来 / 資料確認 2026年11月5日

横須賀町番所の鬼瓦は、西尾氏の櫛松

掛川市の『歴史的風致維持向上計画』は、横須賀町番所の大棟と隅棟に、西尾氏の紋所「櫛松」を表した鬼瓦があると説明しています。建物は古材から1856年の建築とされ、城と町の境に置かれた番所の役割を伝えています。[1]

紋名は「櫛松(くしまつ)」です。検索結果の文字が違って見える場合も、原資料の文字と読みを確かめると、別の紋を探してしまうことを防げます。

円満寺へ移った蕗の門に、二つの紋

同じ資料は、掛川城内堀のそばにあった蕗の門が、1872年に西町の円満寺へ払い下げられ、山門として使われたことを紹介しています。軒丸瓦には、太田氏の桔梗と松平氏の九曜星が見られると記されています。[1]

現在は寺院の門であっても、そこに残る紋は城の歴史をたどる手がかりになります。現在地だけから紋の由来を決めず、建物がどこから来たのかも併せて読む必要があります。九曜星は、七曜紋と同じ名称ではありません。

  1. 掛川城の門もとの所在
  2. 1872年の移築払い下げ・用途の変更
  3. 円満寺の山門紋が残る現在の所在
掛川市の記述に基づく伝来の整理図。建物の復元図ではありません。
家のしるしを、次へ

土地の記録から、我が家の記録へ。

門や瓦は今の家を建てる前から使われていたかもしれません。現在の所在地に加え、もとの場所や移した時期も残してみましょう。

記録は相談のお申し込みなしでも作成できます。記入内容は画面内で処理し、アクセス計測へ送りません。

住まいと、家の記憶

家を大切にするからこそ、
不動産を売却する。

家紋のある家を大切に思う気持ちは、住まいを手放したあとも続きます。
残したい紋付や写真、ご家族で集まる時間も含めて、これからを考えてみませんか。

富士ヶ丘サービスの窓口へ移動します。対象は磐田・袋井・掛川・菊川・御前崎・湖西・浜松の7市と森町にある物件。所在地でご確認ください。実家カルテは市町村・町名・番地(地番)と連絡先を用意してお申し込みください。

電話 0538-31-3308

記録用紙は相談のお申し込みなしでも印刷できます。地域外の方は、ご家族の記録を地元の相談先とのお話にご活用ください。

出典と、読み取れる範囲

  1. 掛川市「掛川市歴史的風致維持向上計画(平成30年1月)」

    冊子58頁/PDF62頁・横須賀町番所、掛川城蕗の門

    紋名は原PDFの「櫛松」を採用。図柄候補との細部の同一性は別に照合します。