立ち葵の家紋とは|図鑑0004と植物名の違い
家紋の立ち葵と花のタチアオイは同じものとして読めません。豊田市美術館の紀要による葉を立たせた形の説明、国立歴史民俗博物館の丸付きの旗の記録、外輪なしの図鑑0004を分けて確かめます。
公開 / 更新

ATAWI家紋編集部(図鑑0004の掲載図を使用)
家紋の「立ち葵」は、庭に咲くタチアオイの花を描いたものですか。
家紋の立ち葵を、花のタチアオイの姿と同じものとして読むことはできません。豊田市美術館の紀要は、江戸時代の文様の立ち葵を、葵の葉を立たせた形と説明しています。図鑑0004は外輪なし。丸付きの旗の記録とは分けて確かめます。
花の名前を、そのまま紋の説明にしない
立ち葵という家紋名と、植物のタチアオイという名前は、同じ音でも説明する対象が違います。家紋の名前を検索して花の写真が出てきたとき、花の色や背丈から紋の意味まで決めないことが、今回の出発点です。図鑑の名前、掲載図、資料の説明を一組にして読んでみます。
11月は紋付を目にするきっかけのある季節です。浅草寺の年中行事案内は、七五三加持会を11月15日前後としています。これは浅草寺の案内であり、すべての寺社の日程ではありません。2026年11月7日に確認しました。ここでは行事の作法や服装を決めず、紋の名前を調べる入口として触れます。[1]
名前が読めると、それだけで由来も分かった気になることがあります。しかし、「立ち葵」と呼ぶ図があることと、その図が何を表すと説明されているかは、別の確認です。さらに、手元の品を誰がいつ使ったかは、名前だけでは分かりません。本記事では、植物との違いに答えるために必要な資料の範囲をたどります。
1667年の文様を読む研究から分かること
豊田市美術館の紀要No.13には、立ち葵を現代のタチアオイとは区別する説明があります。藤井享子「下村観山『美人と舎利』を読み解く」の印刷頁006です。論考は絵に描かれた衣服の文様を調べ、江戸時代の小袖の雛形本も参照しています。家紋図鑑だけとは異なる資料の入口です。[2]
同頁で取り上げるのは、寛文7年、1667年刊の『新撰御ひいなかた』にある立ち葵の模様です。論考では、立ち葵を現代のタチアオイではなく、葵の葉を立たせたものと説明しています。花と同じ名前でも、ここでは葉の配置を読むのです。名称の響きから花を探すより先に、何が図の単位になっているかを確認できます。
この説明は、研究者が雛形本の文様を読み解いたものです。私は今回、雛形本の原本を直接調査したわけではありません。記事の根拠も「1667年の原本を私が確認した」ではなく、「紀要の該当頁で、この説明を確認した」とします。紀要の図6は衣服の文様の例であり、当サイトの図鑑0004そのものを写した図でもありません。
論考は、近世以前の葵をフタバアオイと説明し、現代の呼び方との差にも触れています。時代をまたぐ言葉は、現代の検索結果だけで読まないほうがよいと分かります。ただし、そこから図鑑0004の採用年代や、ある家がこの紋を選んだ理由までは決まりません。植物名についての説明と、個別の家の来歴を一つにつなげないようにします。

ATAWI家紋編集部(図鑑0004の掲載図を使用)
本文図は図鑑0004の掲載図を使った観察用の配置です。植物標本や、江戸時代の資料写真ではありません。枝分かれした白い線も含め、掲載図を変えずに示しています。図から葉と茎のまとまりを見て、文章では研究者が何を説明したかを読む。この二つを行き来すると、図の見た目と、説明の根拠を混ぜずに済みます。
白絹の旗には、丸に立葵が記録されている
国立歴史民俗博物館のkhirinには「立葵紋旗」という資料記録があります。品質欄は白絹地、形状欄には上部に丸に立葵紋を染め出した旨が記されています。時代欄は江戸時代初期、調査年月日は昭和48年9月25日です。家紋の名前が実物の品について記録されている一例として読めます。[3]
記録の題名は「立葵紋旗」ですが、形状欄まで読むと「丸に」という情報が加わります。題名だけを控えると、この違いを落としてしまいます。何の品かを知るための題名と、品のどこにどの形があるかを知るための形状欄は、役割が違います。検索結果の短い表示だけで調査を終えず、資料の項目へ戻る理由がここにあります。
同じ形状欄には、本多康俊が大坂夏の陣に使用したものという説明もあります。この末尾の言い方を保ち、確定した使用の事実に言い換えません。また、法量欄は密閉した陳列ケースのため精密に測れないと断り、寸法を概数で記しています。記録する側が残した留保は、後で紹介する側にも引き継ぐ必要があります。
この記録は、手元の紋付や箱が同じ人物と関係する証拠にはなりません。ここで確かめられたのは、公開された資料記録に、丸に立葵を付けた白絹の旗が載ることです。調査日を現在の所蔵確認日と読み替えることもできません。今回、現物の観察や現在の展示状況の確認はしていません。
図鑑0004では葉と茎、外側の余白を見る
図鑑0004の立ち葵の掲載図には、上に一つ、左右に一つずつ、葉の形のまとまりがあります。中央から伸びる茎と、左右へ分かれる曲線をたどれます。三つの葉のまとまり全体を囲む外輪はありません。候補台帳の注記も外輪なしとしており、この番号の図を読む基準にします。[4]
葉の内側には白い線があり、下方には茎の黒い部分があります。植物の写真と一対一に対応させて「これは花びらだ」と先に名付けるより、まず見える形をそのまま控えます。たとえば「上と左右に葉形、下に茎、全体を囲む輪は見えない」という短い説明です。これは、この掲載図についての観察であって、すべての立葵系の図を定義する文ではありません。

ATAWI家紋編集部(図鑑0004の掲載図を使用)
観察図の外側に付けた茶色の印は、見る位置を示す編集上の目印です。家紋の一部ではありません。葉の先のさらに外側に、全体を囲う線があるかを確認する場所を示しました。khirinの旗にある丸付きの図を、この輪のない図と同一だと説明しないための図です。旗の図を想像して付け足した比較画像は作っていません。
外輪を見る方法は、梅鉢と丸に梅鉢の違いでも扱いました。本記事で加わるのは、輪の有無の確認に加え、同音の植物名をそのまま図柄の説明に使わないという点です。形の観察と、名前について読んだ説明を分けると、資料同士の違いを消さずに紹介できます。
私は名前を急がず、読んだ資料を残したい
私は、家紋の名前をその場で一つに決めるより、後から確かめ直せる材料を残したいと考えます。これは運営者としての意見です。「似た形が見つかった」という段階にも成果はあります。今日、わが家の正式な紋名まで決めなくても、見た図と読んだ頁が残っていれば、次に調べる人が続きを始められます。
資料に名前と説明がそろっている点は、調べる側には助けになります。一方、短い題名だけでは、外輪や説明の留保が見えません。私が紹介するときに補いたいのは、答えを大きくすることではなく、どこまで読めばその答えになるかです。家紋の名称だけで話を閉じず、形状欄や研究の該当頁へ戻れるようにしたいと思います。
迷いもあります。葉の形が似ていると、同じ名前を添えたくなります。しかし古い布の小さな紋や、欠けた写真では、細部が十分に見えないことがあります。そうした品を今回の資料だけで立ち葵と断定することは、私は控えます。確認できた掲載図について言い切ることと、まだ見えていない実物に答えを出すことを分けます。
今日の確認は、名前と根拠を一組にする
立ち葵を調べたメモには、掲載名だけでなく、図の番号と出典箇所を一緒に残せます。「候補は立ち葵。図鑑0004では外輪なし。植物名との違いは豊田市美術館紀要No.13の006頁で確認」と書けば、名前を選んだ道筋が分かります。手元の品との一致が未確認なら、その一文も添えます。
同じ欄に家の来歴まで詰め込む必要はありません。家族の記録用紙には、品を見て分かることと、家族から聞いた話を分けて残せます。図に似た紋があることから家系が分かるかは、丸に梅鉢と家系調査の範囲で整理しました。本記事では、立ち葵という名前の読み方までを資料に戻って確かめます。
大石浩之(磐田市/不動産業)として、このサイトでは、家をどうするかという結論とは別に、品に残る紋や言葉を確かめる時間も大切にしたいと考えています。今回は花の名から即断せず、葉を立たせた形という説明と、外輪の有無を区別できました。個々の品の同定、使用者、家系、採用理由は、それぞれの資料がそろってから考える事柄です。
出典は2026年11月確認。公開資料の説明と掲載図を紹介する記事です。個々の品の鑑定や家系の証明を行うものではありません。資料の公開内容や展示状況は変わることがあります。現物の保存・修復や専門的な同定が必要な場合は、所蔵館や資料を扱う専門家へご相談ください。
よくある質問
立ち葵紋は花のタチアオイを描いたものですか。
名前だけから同じ植物の姿と判断できません。豊田市美術館の紀要No.13は、1667年の雛形本にある立ち葵を、現代のタチアオイではなく葵の葉を立たせたものと説明しています。研究者の説明と図鑑0004の掲載図を分けて読み、花の写真をそのまま紋の由来の証拠にしないようにします。
丸に立葵紋旗と図鑑0004は同じ図ですか。
同一図柄として扱いません。khirinの立葵紋旗は形状欄に丸に立葵紋と記録されています。一方、図鑑0004は全体を囲む外輪がない掲載図です。資料題名に丸の字がなくても形状欄に記されることがあります。題名と形状欄の両方を控え、丸付きの資料を輪なしの図の証拠に置き換えません。
立ち葵に似た紋なら本多家との関係が分かりますか。
形が似ているだけでは、個々の家の関係は確認できません。khirinの旗の記録には本多康俊の使用について伝承を含む記述がありますが、その記述を別の家の品へ当てはめることはできません。品の持ち主や伝来についての記録は、掲載図の名称や研究上の説明と分けて確かめる必要があります。
出典・参照資料
- 史料浅草寺「七五三加持会」七五三加持会見出し「11月15日前後」。公表日は未確認 / 確認日 2026-11-07
- 研究豊田市美術館/藤井享子「下村観山「美人と舎利」を読み解く―河骨と芭蕉葉文様を手がかりに―」紀要No.13、印刷頁006(PDF3頁目)、第3節と図6。雛形本の原本は今回未実見 / 確認日 2026-11-07
- 史料国立歴史民俗博物館 khirin「立葵紋旗」品質・形状・法量・調査年月日。調査日1973年9月25日。現物・現在の所蔵状況は未確認 / 確認日 2026-11-07
- ウェブ図鑑ATAWI家紋「家紋図鑑0004 立ち葵」掲載図。候補台帳0004の名称・外輪なしの注記 / 確認日 2026-11-07
図鑑で家紋を確かめる
あわせて読む

史料を読む / 0003
丸に梅鉢から家系は分かる?資料で確かめる範囲
丸に梅鉢の形だけでは、先祖とのつながりは確認できません。図鑑で分かる名称と、人物関係の資料で確かめる家系を分けます。家紋を糸口にする図書館の案内と、見たこと・聞いたこと・未確認を混ぜずに残す調査メモを紹介します。
記事を読む →
家紋の形 / 0002
梅鉢と丸に梅鉢の違い|花を囲む輪を見る
梅鉢と丸に梅鉢を見分ける目印は、花全体を囲む一本の輪です。家紋図鑑の二図を並べ、花の中心にある丸や写真の縁と見分けます。紋付の写真で輪の一部が隠れたとき、箱書きと見た目が違うときの記録例も紹介します。
記事を読む →
家紋の形 / 0001
七曜紋の見分け方|七五三の写真で丸を数える
七五三の羽織に写った一つの紋を図鑑と見比べます。中央の丸と外周六つを順に数え、ひだで隠れた部分を未確認のまま残す、写真メモの書き方を紹介します。
記事を読む →